原文解説 ── 所得税法施行令・裁決事例集No.73・質疑応答事例 ほか

開業費はいつまでさかのぼれるか(期間の定めはなく、線引きは実態で決まる)

── さかのぼれる期間に決まりはない。何のための支出だったかで決まる。

記録者:開業メモ運営者 ・ 開業届・青色申請 提出済み(2026年8月) ・ 読了 9分

公開 2026年9月7日最終更新 2026年9月20日

  • 「開業費って、いつまでさかのぼれるの?」
  • 「開業前に買ったパソコンやセミナー代、経費になる?」
  • 「半年前のレシート、まだ使える?」

「開業日より前だから経費にならない」と思ってレシートを捨てるのが、開業まわりで一番もったいない行動です。

開業前の支出は「開業費」という扱いにできます。 そして「何か月前まで」という期限は、条文のどこにも書かれていません。

では、どこで線が引かれるのか。 条文、国税不服審判所の裁決、国税庁の質疑応答事例(参照日 2026-09-11)から整理します。

先に結論

開業費としてさかのぼれる期間に、定めはありません。 条件は「事業を始める前に、開業準備のために支出したこと」と、それを領収書と記録で示せることの2つです。 ただし「事業を始めた日」は、自分で決めた開業日ではなく実態で判断されます。 そして開業費は、経費にする年を自分で選べます。初年度が赤字なら使わず、黒字の年まで取っておけます。

開業費とは何か(条文から)

まず定義です。開業費は経費そのものではなく、「繰延資産」という資産の一種として定義されています。

原文

開業費(不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用をいう。)

出典:所得税法施行令 第7条第1項第1号(e-Gov法令検索)(2026-09-11 参照)

条文が求めている条件は2つだけです。

「何か月前まで」「開業の何年前から」といった期間は、ここにも他の条文にも書かれていません。

つまり、どこまで遡れるかを決めるのは年数の上限ではありません。

その支出が上の2つの条件を満たすかどうかだけが判断の基準になります。

いつまでさかのぼれるか: 3つの線引き

期間の定めがない代わりに、実務では次の3つで線が引かれます。

1. 開業を決めたあとの、準備のための支出であること

条文の「開業準備のために特別に支出する」がこの条件です。

開業を決める前に買った本や、趣味と区別のつかない支出は、開業準備のためとは言えません。

逆に、開業を決めて動き始めてからの支出なら、それが1年前でも条件を満たします。

目安として、開業を決めて具体的に動き始めた時期からの支出を拾うのが自然です。 多くの人は数か月から1年程度の範囲に収まりますが、それより古くても「開業準備だった」と示せる材料があれば否定される理由はありません。

2. 事業を始める前の支出であること

ここが見落とされやすい線引きです。

「事業を始めた日」は、開業届に書いた開業日でも、自分がそう感じた日でもありません。 実際に事業として動き始めた日で判断されます。

国税不服審判所の裁決に、はっきりした事例があります。

クリニックを引き継いだ医師が、1月から5月までの家賃や修繕費など約3,000万円を「開業費」として計上し、 「本当に開業したのは6月ごろだった」と主張した事案です。

原文

遅くとも平成10年1月には、請求人自身の計算と危険において独立して、本件クリニックに係る事業を実質的に開始したものと認められ(中略)本件費用は、別表2のとおり、いずれも本件クリニックに係る事業を開始した後に発生した費用であるから、本件費用は、所得税法施行令第7条第1項に規定する「事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用」である開業費には該当しない。

出典:国税不服審判所 裁決事例集No.73(平成19年2月20日裁決)(2026-09-11 参照)

審判所が「1月には事業を始めていた」と判断した根拠は、次のような事実でした。

本人が「6月ごろ開業した気がする」と述べても、それを裏付ける証拠がないとして退けられています。

3. 領収書と記録で示せること

任意償却を認めた国税庁の質疑応答事例(後述)にも、条件が1つ付いています。

「支出した開業費の内容及びその開業費の額が過年分において必要経費に算入されていないことを明らかにしておく必要があります」という部分です。

何にいくら使ったか、それがまだ経費になっていないことを、領収書と帳簿で示せることが前提です。

つまり、さかのぼれるかどうかは、最終的には領収書が残っているかどうかに行き着きます。 開業を考え始めたら、レシートは1枚も捨てないでください。

何が入って、何が入らないか

3つの線引きを満たす支出なら、幅広く開業費になります。

一方で、開業前の支出でも開業費に入らないものが条文で除かれています。ここを混ぜると、後で帳簿を直すことになります。

入らないもの 正しい扱い
10万円以上のパソコン・機材など 固定資産として減価償却(開業費より先に別枠へ)
商品の仕入代金 売上原価(売れた年の経費)
事務所の敷金・保証金 資産(返ってくるお金なので経費にならない)
開業後の分までまとめて前払いした費用 前払費用

なお10万円以上の資産にも、青色申告なら「少額減価償却資産の特例」で 使い始めた年に一括で経費にできる道があります (2026年4月1日以後に取得したものは40万円未満まで・それより前の取得は30万円未満・年間合計300万円まで)。

経費にする年を、自分で選べる(任意償却)

開業費の償却(経費化)には2つの方法があり、どちらを選んでもかまいません。

  1. 均等償却 ── 60か月(5年)で月割りで均等に経費にする(開業年は開業月からの月数ぶん)
  2. 任意償却 ── 好きな年に、好きな金額だけ経費にする

そして任意償却がどこまで自由かを、国税庁が質疑応答事例ではっきり答えています。 7年前に病院を開業した人が、開業費3億円を8年目と9年目に1億5千万円ずつ経費にできるか、という照会です。

原文

任意償却は、繰延資産の額の範囲内の金額を償却費として認めるもので、その下限が設けられていないことから、支出の年に全額償却してもよく、全く償却しなくてもよいと解されます。 また、繰延資産となる費用を支出した後60か月を経過した場合に償却費を必要経費に算入できないとする特段の規定はないことから、繰延資産の未償却残高はいつでも償却費として必要経費に算入することができます。

出典:国税庁 質疑応答事例「償却期間経過後における開業費の任意償却」(令和7年8月1日現在法令等)(2026-09-11 参照)

国税庁の答えは「できる」でした。全額でもゼロでもよく、60か月を過ぎても期限切れになりません。

これが実務でどう役立つかというと、こうなります。

青色申告の純損失の繰越は3年で切れますが、開業費の未償却残高に期限はありません。

初年度の赤字対策として、繰越よりさらに柔軟な「後出しできる経費」というわけです。 自分の所得でいくら節税になるかの感覚は節税シミュレータで税率の階段を見るとつかめます。

帳簿のつけ方(やることは2回だけ)

開業費の記帳は、開業時と償却時の2回だけです。

  1. 開業日 ── 開業前の支出を合計し、「開業費」(資産)として計上する。相手科目は元入金
  2. 経費にしたい年の年末 ── 使いたい金額だけ「繰延資産償却」として経費にする

会計ソフトなら開業費の科目が最初から用意されていて、償却も決算の画面から金額を入れるだけです。

領収書は日付順にまとめて、「開業準備のための支出一覧」を1枚作っておくと、あとで説明が要るときに強い味方になります。

よくある質問

開業費は何年前まで遡れますか?

「何年前まで」という上限は、条文にも通達にもありません。

区切りになるのは年数ではなく、次の2つです。開業を決めて準備を始めたあとの支出であること、そして事業を始める前の支出であること。 この2つの間に入っていれば、1年前でも2年前でも開業費にできます。

ただし遡るほど「開業準備のための支出だった」と示す責任は重くなります。 領収書に加えて、その時期から準備が続いていたとわかる記録(物件探し、取引先との連絡、相談の履歴など)を残しておいてください。

3年前に受けた開業セミナーの領収書があります。開業費にできますか?

期間の定めはないので、「開業準備のための支出だった」と説明でき、領収書が残っていれば否定される理由はありません。

ただし3年前の時点で開業を決めていたと言えるかは問われます。 その後の準備の記録(物件探し、取引先との連絡、開業に関する相談など)が続いていれば筋が通りますし、3年間何もしていなければ「準備のため」とは言いにくくなります。

開業届に書いた開業日より前に、すでに売上がありました

売上があった時点で、事業は始まっていたと判断される可能性が高いです。

裁決でも、収入が口座に入り始めた月をもって事業の開始と認定しています。 その場合、開業費にできるのは最初の売上より前の支出までで、それ以降の支出はその年の通常の経費です。

白色申告でも開業費は使えますか?

使えます。開業費は所得税法上の繰延資産の仕組みなので、青色・白色を問いません。

ただしこの「黒字の年まで温存する」使い方は、 赤字を繰り越せる青色申告と組み合わせたときに一番効果的です。

開業から5年以上たって、償却を忘れていました

問題ありません。本文で引用した質疑応答事例の答えがまさにこのケースで、 60か月を過ぎても未償却残高はいつでも必要経費にできます。

条件は、内容と金額、そしてまだ経費にしていないことを帳簿で示せることだけです。

開業費に上限額はありますか?

条文上の上限はありません(引用した事例は開業費3億円です)。

ただし金額が大きいほど「開業準備のための支出だった」ことの説明責任も重くなります。 領収書と使いみちの記録をセットで残してください。

開業費の記帳も仕訳もソフトに任せる予定なら広告・PR会計ソフトを無料で試す →